ポンコツおっさんの手記

音楽、映画、社会、日常なんかを自分のペースで書いていけたらと思います。飽き性な性格なので継続できる様に頑張ります。

大人という人間はいなかった。

みなさんこんばんはブタバナです。

 

今年、私は30歳を迎えました、社会的に言えばいい大人ですが

正直、中学生の時から何も変わってないなぁ〜と思います。

 

勿論、少しずつ歳を重ねて行くにつれて知恵や多少の社会常識は身につけて行ったのだと思いますが、根底にある思想や考え方は何も変わってないなと思います。

そして、周りを見渡しても大人という存在は見当たりません。

 

妬み、恨み、虚勢、劣等感、そんなのばかりで足を引っ張り合う人や

痴漢、盗撮、汚職、横領などを行い一生を棒に振る大人たち…

 

子供の頃、遠くから見ていた『大人』=立派な人間という存在はその人が作り上げた偶像であり幻想過ぎないんだったんだなとしみじみ思います。

個々の人格に、知恵や経験を積みあげた人間がいるだけです。

 

もし志しを捨てて要領よく立ち回る事ができるようになったものが『大人』というのであれば夢も希望もないですね。

 

だから、安直に人を見て「大人だな〜」とか「子供ぽい!」という風に社会のレッテルを貼りたがる人間があまり好きではないです。

その人の表面だけをすくい上げても、その人の人と成りはわかりません。

 

 

大人らしい振る舞いをしながら、本当の自分の気持ちを押し殺して騙し騙し生きていくくらいなら好き勝手生きて後悔なく死にたいです。

勿論、人に迷惑をかけるような事をしてはいけないですが、

自分の信念に素直になってのびのびと人生を楽しむべきです。

 

大人の音楽というイメージがある、ジャズの世界で巨人と呼ばれる偉大な人たちがいますが、総じて社会的に言えばクズばっかりです。金に汚い、女にだらしがない、アル中、ヤク中、などなど。

しかしそんな人たちでも音楽という才能を遺憾無く発揮して、人に感動を与える作品を今に残していますし、愛され続けています。

彼らの人生は決してほめられたものではないかもしれないですが、何かに情熱を注いだ人生はとても意義があると思います。

 

要するに、『大人』を捨てて世間を気にせずに自分のやりたい事やって行こうと思いますし、そんな人たちを理解して受け入れる事ができる人間になりたいと思い

決意表明した30歳の秋の夜でした。

 

以上、おやすみなさい。