ポンコツおっさんの手記

音楽、映画、社会、日常なんかを自分のペースで書いていけたらと思います。飽き性な性格なので継続できる様に頑張ります。

社畜という言葉の本質を本気で考えてみた。

こんにちは、ブタバナです。

今回は私が社畜の様に、会社で労働者として働いて時期や今になって思うことを

書いて行きます。

 

そもそも社畜とは何か?

社畜(しゃちく)とは、主に日本で、社員として勤めている会社に飼い慣らされてしまい自分の意思と良心を放棄し奴隷(家畜)と化した賃金労働者の状態を揶揄したものである。「 会社+家畜」から来た造語かつ俗語で、「会社人間」や「企業戦士」などよりも、外部から馬鹿にされる意味合いを持つ。

 

つまり、社畜=家畜である。

そう、畜舎(会社)の家畜(社畜)ということだ。

 

私が以前勤めていた会社は、残業時間が平均で130時間ほどで(土日出勤は除く)で

まともに休める休日は月に1日〜2日でした。

文字通りし『社畜』でした、まぁ建設業というのはこんなものだと割り切っていた部分もあり、辛かったがなんだかんだで4年近く働く事になったのだが

残業自体は誰かに強制されていた訳ではないが、膨大に残った業務と決まった納期があるので必然的に残業していた。

しかしそんな風になってしまうと、仕事以外の事に興味がいかなくなってくる。

友人関係や、自分の趣味、世の中の出来事などは考える余裕がなくなる

個人差はあるが、社畜の人はみんなそうなって行くのではないだろうか?

 

最後の方は残業手当も一応付いていたが、それでも辞めたいと思っていたので

退職願いを出して退職に至った。

 

仕事を辞めてから、数ヶ月が過ぎて色々考える事もあった

お金とは何なのか?働くとは何なのか?社会とは?

社会がどうなっていてこれから自分はどうしていけばいいのか?

それは、社畜だった頃には深く考える事も知る事もできないものだった。

 

安い賃金と対価に自分の時間というものを犠牲にしてしまっていて、

それによって情報を知る事や考える事を放棄していたのだと

 

と今になって思う。

 

もちろん、労働者を批判する訳ではなく、優良企業や公務員の人で

割りかし時間を作れる人もたくさんいると思う

私は、お世辞にも仕事ができる方では無かったので無駄な残業も少なからずあったと

自負している。

 

しかし、これからの時代を考えるとブラック企業社畜となって働いている人が

非常に心配になってくる。

忙しく働いて行く中で情報を知る機会を失い、考える時間を失うからだ。

人はそもそも知的好奇心を持っており

それは、古の時代に情報が生存確率を高める最良のものだったからだと聞いた事がある。

つまり情報こそが生死を分けるサバイバル能力と直結していたのだ。

現代における、情報というサバイバル能力に直結するのは経済力であり

情報格差=貧困格差にもなりうる現状で

ブラック企業だけどサラリーマンとして一応働いている方が安定していると本気で考えているとすれば非常に危険だ。

 

当たり前だが会社は個人の人生を保証してはくれない

この先その会社が存続するのかもわからないし、

個人が病気で働けなくても知ったこっちゃない。

これから、日本の企業は東南アジアなどの外国人労働者雇用をどんどん増やして行く可能性が高い、なぜなら安い賃金で働いてくれるからだ。

もっというとAI技術が発達して人間の仕事がなくなる未来はすぐそこまで来ている。

 

そんな中で、家畜(社畜)が黙って働いていればエサ(お金)がもらえると思っている

のだろうか?

畜舎(雇用先)を失った家畜(社畜)が野(社会)に放たられて生き残れるのか?

 

 

何も、起業するべきということではないが、自分でお金を稼げるスキルを身につける事が現代社会を行きて行くサバイバル能力になるのだと思う。

国が副業を推進しているのはそう言った背景も一部あるのだと思う。