ポンコツおっさんの手記

音楽、映画、社会、日常なんかを自分のペースで書いていけたらと思います。飽き性な性格なので継続できる様に頑張ります。

読書の秋「城の崎にて」

 

今週のお題「読書の秋」という事でお話したい

だが、ぶっちゃけ読書は苦手だ。

 

1冊か2冊読めば良い方で、本当に自分でも嫌になるくらい苦手だ。

小学生の頃、公文で国語やっていたのに読書はダメだ。

 

理由はまとまった時間が必要なのと、ぎゅっとしたら20ページ〜30ページ位にまとめられるのにだらだらと筋道からずれた事を書き綴るようなものが多いから、

集中力が散漫な私は途中で「もうイヤ!」となる。

 

 

でも読書家には憧れているめんどくさいやつです、読書家の方どうもすみません…

そんな私でも、比較的読みやすい名著と言われている作品は頑張っていくつか読んでいる。

太宰治ヘミングウェイゲーテ村上春樹マイケル・サンデルなどなど

ビジネス本なんかも時々読んだりする。

 

しかししかし、

今回はまとまった時間も集中力もほとんど必要せずサックリと読めてしまう短編を紹介させてもらいたい。

 

 

 

それが  志賀直哉 作「城の崎にて」 

 

正直私が紹介するのもおこがましいくらい有名な作品だが

高校生の頃、現文の教科書に載っていて

その時から私の心にずっと残っている作品だ

社会人になってから改めて文庫本を買い直して読んだ作品。

 

志賀直哉の作品は簡潔で明快な文章で非常に読みやすく、

小説の神様』と呼ばれていた文学界の大御所にも関わらず

夏目漱石太宰治芥川龍之介などの文豪に比べたら知名度ももう一つというところが

非常に残念で仕方がない。

 

 

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『城の崎にて』ざっくりとした話

志賀直哉が電車にはねられて怪我をし城崎温泉で療養をすることになるのだが

滞在中にボケーとしながら色々と考えることになる。

蜂の死骸、首に串が刺さったネズミの死に際、自分が投げた石が当たって死んだイモリ

など死について城崎で経験することによって色んな感情が芽生え改めて死について考えるのであった。

 

生と死というのは両極端なものではなく、ひらひらと落ちる落ち葉の裏と表のように

移ろいやすく地面に着く時にはどちらの面かはわからないもののようなものなのだなと思う。

 

死を意識することで、初めて本当に生きているを感じることができるのだ

特に現代の日本では中々日常的に死を感じることができないように思う

医療が発達して人の寿命も延びたし、戦争を体験している人は今となっては

ほとんどいない。

生きた動物をさばいて食べたりすることも中々ないだろう

 

志賀直哉が生きていた時代とでは生き方も変わってしまっているので

それはそれでしょうがないことなのだと思うが

時々、死について考えることが現代を生きる上で重要であり

命を大事にする事に繋がるのだと思う。

 

 

小僧の神様・城の崎にて (新潮文庫)

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